Monday, May 23, 2005

おばあちゃんが死んだ

私のおばあちゃんが死にました。平成17年5月17日午後6時32分に。5月17日は、私のだんな様ネアンデルタールとみざわの誕生日でした。その日、私は、仕事で遅くなってしまった上に、sakuraに熱があり、病院に連れて行かなければならなくて、受診終了寸前の病院に駆け込み、受診してもらって薬をもらい、さあ、sakuraを自宅へ送ったら、おばあちゃんのところへ行こうと車に乗ったとたん、携帯が鳴り、おばあちゃんが、今、息を引き取ったことを、妹が、知らせてくれました。心臓がドキッとして「最後の時におばあちゃんのそばにいたかったなあ」と思ったけれど、すぐに、そういう運命だったんだと思い直して、うちにsakuraを送り、クライミングに行こうとしているタロウを引き止め、今日は、妹達と留守番しているように指示して、車で、一時間半あまりの実家に駆けつけたのでした。ほんとうに、眠っているようで、それまでも、呼吸が止まったり、意識がなくなったりしていたので、火葬場で、骨になってしまうまで、おばあちゃんが、もう二度と、意識が戻って、話かけるとうなずいたりすることがないのだとは思えませんでした。おばあちゃんは、98歳と6ヶ月だったので、お焼香に来て下さった方たちは、大往生だと言って下さいましたが、病気でかなり長い間、苦しい思いを何回もしていたので、私には、あまり、大往生だとは思えませんでした。愚痴を言ったり、文句を言ったりすることのない人だったけれど、脳溢血で倒れて、左半身が麻痺してしまった時、ぽそっと「健康で働けるのが一番だ」と言っていたのを思い出しました。働き者だったおばあちゃんにとって、働けないどころか、いつも人の手を借りなければならない自分のその時の状態は、ずいぶん辛かったのだろうと思います。おばあちゃんの愚痴、泣き言、後悔、夢、希望を、おばあちゃんの本当のこころからの言葉を、もっと、聞いておけばよかったと今、思っています。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

Sunday, March 13, 2005

西江雅之先生

私の本棚でも紹介しましたが、西江先生は、私のもうひとりのちちははです。18歳の時、先生の講義を初めて聞きなんといったらいいいのか.....私の中に確かに存在しながら、その時は、まだ鍵が掛かっていて閉まっていた扉がスーッと開いた気がしました。目がさめたといってもいいかもしれません。あれから約30年間、先生の言葉を思い出さない日は1日もありません。いつ何時でも、先生の言葉が、私の中で、生き物のように起き上がり、今の問題となって、私に考えることを要求するのです。
私の本棚で紹介した「私は猫になりたかった」は、西江先生が、自らの半生を綴ったものです。そこには、人間という動物として、最高に当たり前の考え方生き方が綴られています。ぜひ!一読を!
下記に記したのは私が、今一番読みたい西江先生の本です!!

| | Comments (0) | TrackBack (0)